スキャンした本たち②
スキャンスナップ読み込み。この辺は通読していないが、後のために目次情報+αぐらいは残しておこう。 [:contents]
コンビナート統合(2013)
国際競争力をつけるためには原材料の供給地に近く、労働力の安い、為替変動の受けにくい国で大規模な設備を作るのが有利に思われるが、必ずしもそうではない。一見不利に思える先進国に工場を残して既存設備を利用しながら国際競争力をつけるという方策を本書で提示したい。
目次
第1章今、なぜコンビナートに注目するのか
- コンビナートとは何か
- 「コンビナート・ルネサンス」
- 石油製品需要の急減と製油所の縮小
- エネルギー供給構造高度化法 2009年7月公布、8月施行。
- 重視油分解装置の装備率を日本全体で10%から13%へ3ポイント引きあげる。
- 競争力あるコンビナートなくしてエネルギー・セキュリティはありえない
- 石化産業が直面する問題
- 中東・中国のコンビナートの競争力拡大
- 石化産業の将来ビジョンとコンビナート
石油・石化産業の国際競争力強化
- 提携強化による3つのメリット
第1は、原料使用のオプションを拡大することによって、原料調達面での競争優位を形成することである。同一コンビナート内の石油精製企業と石油化学企業との間で、あるいは複数の石油精製企業間で、連携や統合が進むと、重質原油やコンデンセートの利用が拡大する
第2は、石油留分の徹底的な活用によって、石油精製企業と石油化学企業の双方が、メリットを享受することである。同一コンビナート内でリファイナリー(石油精製設備)とケミカル(石油化学)プラントとの統合が進めば、リファイナリーからケ ミカルプラントへ、プロピレンや芳香族など、付加価値の高い化学原料をより多く供給することができる。また、エチレン原 料の多様化も進展する。一方、ケミカルプラントからリファイナリーへ向けては、ガソリン基材の提供が可能である。
第3は、コンビナート内に潜在化しているエネルギー源を、経済的に活用することである。残濱油を使った共同発電熱・ 水素の相互融通などがそれであるが、そこで発生した電力や水素については、コンビナート内で消費したうえでなお残る余剰 分を、コンビナート外の周辺地域で販売することも可能である。
地域経済の活性化
エネルギー・セキュリティの確保
ここまで見てきたように、コンビナート高度統合は、(1)日本の石油産業と石油化学工業の国際競争力を強化する、(2)地域経済の活性化に寄与する、(3)エネルギー・セキュリティの確保に寄与する、という3つの大きな社会的意義を有している。
本書の構成と執筆分担
なお、本書の第2章、第4章および第5章については稲葉和也が、第3章および第7章については平野創が、第1章、第6章、第8章については橘川武郎が、それぞれ執筆した。
第2章コンビナート事業連携の理論と構築スキーム
- 「資本の壁」、「人の壁」、「地理の壁」を越えて
- 事業連携による経済性”
- コンビナート特区構想と構築スキーム
- 事業連携とスタグハントゲーム
第3章日本のエチレンセンターの歴史
エチレンセンター発展の概要
エチレンセンターの誕生と発展:石油化学第1期計画、第2期計画
石油化学官民協調懇談会による設備投資調整の時代
- 設備過剰の発生とその対応
- 新増設の活発化からエチレンセンターの集約へ
しかし、この時期日本のエチレン生産能力が大きく減ることはなかった。なぜならば、アジア向けにエチレンの輸出が急増しており、大幅な能力削減が必要とされなかったからである。むしろ各社は、アジアで欧米のメジャーや現地資本が大型エチレンプラントの新増設計画を相次いで打ち出しているのに対して、追加的設備投資で競争力を高める戦略をとったのである。
長年にわたり700万トン台で安定して推移していたわが国のエチレン生産は、2008年に発生した金融危機、それに端を発する世界経済の失速により一気に縮小する。自動車や家電向け樹脂などエチレンを使う石化製品の需要が急減したことにより、過去最高であった2007年から一転し、2008年のエチレン生産量は688万トン(前年比11.1%")となり13年ぶりに700万トンを割り込んだ5'')。2009年1月には、石油化学大手の各社は一斉にエチレンの減産を拡大させた。
当然の帰結として、国内ではエチレン設備の縮小、集約化が再び論じられるようになった。例えば、リーマンショック直後には、「エチレン生産設備は国内で3~4社あれば十分」との声もあった56)。また、経済産業省は2009年11月に国内化学産業の国際競争力を高める方策などを議論する「化学ビジョン研究会」を発足させ、その中でも議論が展開された。同研究会のサブワーキンググループでは、各企業に将来時点での適切な生産量(設備能力)を問うアンケートが実施された。それによれば、日本全体の適切なエチレン生産規模は年産600万トンという回答が多かったという。
最後に日本のエチレンセンターの歴史を振り返れば、それは常に適正な設備能力を目指す歴史であったといえよう。多くの時点において、それらは民と官の相互作用によって決まっていった。また、やや厳しい言い方をすれば、エチレン製造業の設備投資においては、好調になると楽観論が蔓延し各社が増設を計画し、多くの設備投資が行われ、不調になると悲観論が蔓延し設備の集約化が叫ばれるものの、需要が回復するとその声はかき消され現状は変らないという歴史の繰り返しであったように思われる。こうした過去の歴史からは、今後の議論においては短期的な動向に翻弄されることのない長期的な視座からエチレン設備の集約化や競争力強化の取り組みが行われることの必要性が教訓として明らかになっているといえよう。
第4章コンビナート高度統合
- コンビナート高度統合の背景
欧米、中東、インド、東アジア(中国、台湾、韓国)、東南アジア(マレーシア、シンガポール、インドネシア)においては、1つの会社が大規模工場を作り、1社体制で石油、石化製品を一貫生産する方式を採用している例が多い。日本の石油・石油化学会社は、これらの国の企業とは異なり、複数の会社が沿岸部埋立地に集まり、世界的に見れば中規模程度の生産体制で石油コンビナートを形成している特徴がある。このような日本的な生産体制は、第2次世界大戦敗戦後資本が不足していた時期に、石油化学産業の未来に大きな期待を寄せる複数の会社が石油・石油化学産業にこぞって進出して、小・中規模工場を建設して、グループ体制でコンビナートを形成してきた結果である。
しかし、1996年に特定石油製品輸入暫定措置法(特石法)が廃止され、同年の揮発油販売業法の改正(品質確保法)、1998年のセルフ製油所の解禁が行われた。2001年には石油業法が廃止された。特石法が廃止されて以降、石油製品の輸入自由化が行われることになり、外国から石油製品が流入し、販売価格も均一ではなくなり、市場原理の下での自由競争が始まった。これらの変化を受けて、業界再編の動きが加速することになる。
- 世界における石油・石化産業の環境変化
- 日本におけるコンビナートの競争力強化とRING事業
- RING事業の原型である鹿島コンビナート
2013年に第2エチレンプラント年産49万1.ン設備を5万トン増強して54万トンとし、2014年に第1エチレンプラント年産39万'、ン設備を停止する計画である。これによって固定費が40億円削減される。
- コンビナート高度統合の背景
第5章RING事業によるコンビナート連携の進展:鹿島・千葉・水島・周南
第6章統合の進展が期待されるコンビナート:知多・川|崎・四日市・大阪。大分
川崎・四日市・大阪・大分は、統合がそれほど進んでいない、逆に言えば統合の余地が大きいコンビナートとみなすことができる。
第7章連携によらないコンビナートの強化
第8章コンビナート統合を超えて
- 稀少財としてのコンビナート・
- 「資本の壁」と「地理の壁」”
- 「資本の壁」を超えて:自治体や国の役割
- 「地理の壁」を超えて:コンビナート間広域連携へ
- 「国境の壁」を超えて:石油・石化産業の成長戦略
コンビナート新時代(2018)
*1:p.17でコンビナート出荷額なるものが図表に出ているが、こんなもの公式統計で確認できるのか?出典は工業統計表になっているが。元資料みてもこれで算出できる根拠がよくわからない